大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和33年(行)55号 判決 1959年2月04日

原告 鵜殿静広

被告 東京国税局長

訴訟代理人 真鍋薫 外三名

主文

小石川税務署長が昭和三十二年七月二十九日附をもつて原告に対しなした原告の昭和三十一年分所得税に関する更正処分はこれを取消す。

被告が原告に対し昭和三十三年一月二十八日直所審第五〇号(東協特第一〇三五号)をもつてなした、原告の審査請求を棄却する旨の決定はこれを取済す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一原告の求める裁判

主文同旨の判決を求める。

第二被告の求める裁判

(本案前)、

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

(本案につき)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第三請求の原因

一  原告は靴の小売業者である。

二  原告は、小石川税務署長に対し、昭和二十七年十二月二十三日、所得税青色申告承認の申請をして、昭和二十八年十二月二十四日、昭和二十八年分以降の所得税に関しその承認をえた。

三  原告は、昭和三十二年三月十四日、昭和三十一年度分の所得税につき所得金額を三十万九千四百二十二円として青色申告書により確定申告したところ、小石川税務署長は、昭和三十二年七月二十九日附で、所得金額を四十四万四千六百九十五円と更正し、同月三十日原告に通知したが、右通知書には、更正の理由として「売買差益率検討の結果、記帳額低調につき調査差益率により基本金額修正、所得金額更正す」と記載されていたに止つた。

四  原告は、右処分を不服として、昭和三十二年八月二十二日、小石川税務署長に対し、再調査の請求をしたところ、同署長は、同年十月三日附で、右請求を棄却し、同月四日原告に通知したが、右通知書には、右決定の理由として「再調査請求の理由として掲げられている売買差益率については実際の調査差益率により店舗の実態を反映したものであり、標準差益率によつた更正ではなく、当初更正額は正当である」と記載されていた。

五  原告は、右決定にも不服であつたので、同年十一月一日、被告に対し審査の請求をしたところ、被告は昭和三十三年一月二十八日附(直所審第五〇号)で右請求を棄却し、同月二十九日原告に通知したが、右通知書には棄却の理由として「あなたの審査請求の趣旨、経営の状況、その他を勘案して審査しますと、小石川税務署長の行つた再調査決定処分には誤りがないと認められますので審査の請求には理由がありません」と記載されているだけであつた。

六  しかしながら、小石川税務署長の更正通知書記載の理由及び被告の審査決定通知書記載の理由は、ともに抽象的で、その趣旨が不明であるから、右各通知書には理由の記載を欠いているに等しく、したがつて小石川税務署長の更正、及び被告の審査決定はともに違法である。

よつて右各処分の取消を求めるため本訴に及んだ。

七  なお、原告は、本件各処分の金額の点についても不服であるが、本訴においては右に主張した理由不備の点のみを違法事由として主張するものである。

第四被告の答弁及び主張

(本案前の主張)

一般に、更正または審査決定の課税標準額及び税額につき不服がない以上、他の点について不服があつて、当該処分によつて納税者は何ら法律上の利害関係を生じないから、課税標準額及び税額以外の事項のみを理由として処分の取消を求めることは無意味であつて、法律上の利益を欠くというべきである。

本件において、原告は、課税標準及び税額について争わないとされる以上に更正処分の通知書及び審査決定の通知書に附記された理由が原告にとつて満足すべきものでないとしても、原告はそれを理由に右各処分の取消を求める法律上の利益を有しないから、本件訴は不適法である。

(本案につき)

一  請求原因第一ないし第五項は認め、第六項は争う。

二(一)更正処分または審査決定の通知書に理由を附記する根拠は、主として、納税者に処分の理由を知らせて処分の結果を納得させ無用の争訟を避けるために設けられたものであつて、右附記を命ずる規定は、行政庁に対する訓示規定であると解すべきである。したがつて、更正処分または審査決定に附記すべき理由の程度としては、更正または審査決定をなすにいたつた実質的根処がうかがわれる程度に記載すれば足りるというべきであつて、判決理由のように結論に到達するにいたる論理的経過を順を追つて詳細に記載することは必要でないことは明らかである。本件の場合、更正及び審査決定の通知書には原告主張のような理由の附記をしたが、この程度の記載があれば、通常人の判断によれば、処分の実質的根拠をうかがうに足りるのであるから、これを目して理由に不備があるということはできない。

(二)仮りに、附記された理由が不十分であるとしても、右瑕疵は取消に値する瑕疵ではない。

第五証拠<省略>

理由

一  本案前の主張に対する判断

被告は、本訴において、原告は、本件更正及び審査決定の課税標準及び税額の点につき争つていないから、右処分の取消を求める法律上の利益を欠くと主張する。

しかしながら、本件口頭弁論の全趣旨によると、原告は本件各処分課税標準額及び税額の点についても不服であるが、原告としては、右処分の通知書に理由の附記を欠いていたことだけで右処分の取消原因となると考え、金額の点についての争に入るに先立つて、専ら争点を右に限定して、その判断を求めるため、金額の点については本訴で取消原因として主張することを控えたものと認められ、かように原告が青色申告書の更正または審査決定の金額の点について不服をもつていることがうかがわれる場合においては、後に説明する青色申告制度の趣旨から考えて単に右処分の通知書に理由の附記を欠いたことだけを違法事由として、その処分の取消を求める利益を有するものと解するのが相当と考えるから、本件訴は、訴の利益があるというべきであつて、被告の本案前の主張は理由がない。

二  本案についての判断

(一)小石川税務署長の更正の取消を求める訴についての判断

所得税に関する青色申告につきこれを更正したときは、所得税法第四十五条第二項によりその通知書に更正の理由を附記しなければならないが、青色申告制度は、申告納税を合理化するために帳簿制度の普及をはかる必要から設けられた制度であつて、その申告にかかる所得の計算が、政府所定の方式にしたがつて備えつけ記帳された帳簿組織による限り、税務官庁はその帳簿書類を無視して更正することは許されず、それを調査した結果誤りがあつたときに始めて更正すべきであり、かつ納税者は更正が右帳簿書類の記載に誤りがあり、それによつたのよりも、もつと正しい根拠でなされたという説明を附してもらう利益を保障されているものと解すべきであるから、前記規定は、単に行政庁に対する訓示規定ではなく、通知書に理由の記載を欠けば更正処分自体が違法となり、取消原因となるものと解すべきである。そして青色申告に対する更正通知書の理由附記の趣旨が右のようなものであるとすれば、その理由の記載の程度は、少くとも帳簿書類のどの点に誤りがあり、その誤りと認定した根拠として帳簿書類よりも更に確実な証憑を摘示して、納税者に理解できる程度に具体的に記載することを要するものと解すべきである。ところで本件更正通知書には更正の理由として「売買差益率検討の結果、記帳額低調につき調査差益率により基本金額修正、所得金額更正す」と記載されていたにすぎないことは当事者間に争がない。右記載によると帳簿書類の記載中、売買に関する点の記帳に誤りがあり、その認定根処として、小石川税務署長調査の差益率との比較によつたものであることはうかがわれるけれども、右記載は単に更正した理由の結論を概括的に提示したにすぎないというべきでその説明に具体性を欠き(差益率がいかにして作成されたものか、本件についてそれによることがどうして正当かは全然分らない)納税者にとつて更正処分の具体的根拠を知ることができないというべきであるから、右程度では法の要求する理由の附記の要件を満したものと解することはできない。

よつて小石川税務署長のなした更正は違法というべきである(もつとも右のような更正通知書の理由附記の要件を欠いていても、再調査請求、審査請求の段階において、その決定通知書により処分の具体的な根拠が明らかにされればその瑕疵は治癒されると解するのが相当であるけれども、本件においては後記認定のように、再調査の決定、審査の決定においても処分の具体的根拠が明らかにされていないと認めるべきであるから、本件更正の右瑕疵は治癒れない。)

(二)被告の審査決定の取消を求める訴について判断

審査請求につきこれを棄却する決定には、所得税法第四十九条第六項により、(更正が青色申告書に対しなされたものばかりでなく白色申告に対しなされたものである場合でも)その通知書に理由を附記しなければならないことは明らかであるが、通知書に理由の附記を要するとした趣旨は、右決定がいかなる根拠に基いてなされたかを具体的に明らかにすることにより審査決定の公正を保障するとともに、無用の争訟の生ずることを避けようとしたものと解すべきであるから、右規定は単に行政庁に対する訓示規定と解すべきではなく、右の理由の附記を欠けば審査決定自体が違法となり、取消をまぬがれないものと解すべきである。審査決定の理由附記の趣旨が右のようなものであるとすれば、理由附記の程度としては、原処分を正当として維持したその判断の根拠を納税者に理解できる程度に具体的に記載すべきものと解するのが相当であるが、事案により必ずしも一様である必要はなく(例えば白色申告の場合には推計により更正することも許されるから、その根拠の明示も自ずと青色申告の場合と異つても良いはずである)更正通知書の記載あるいは再調査決定通知書の記載の理由により更正の理由が明確となつている場合は、その理由を援用し原処分が正当であることを示せば足りるが、原処分の理由が不備な場合には、その不備を補捉し、その処分の根拠を明確にして処分の正当性を明らかにすることを要するものと解すべきである。ところで、本件更正通知書に附記された理由の内容及び右程度の理由の附記では処分の具体的根拠を明らかにするに足りないことは前記認定のとおりである。ところで右更正に対する再調査請求に対しなされた決定の通知書に決定の理由として「再調査請求の理由として掲げられている売買差益率については実際の調査差益率により店舗の実態を反映したものであり、標準差益率によつた更正ではなく、当初更正額は正当である。」と記載されていたことは当事者間に争がないが、右理由によつても小石川税務署長が更正の際採用した売買差益率が一般的な標準差益率ではなく実際の調査を基にした差益率で店舗の実態を反映したものであるというに止つてどういう調査資料によつたかについては何ら具体的な根拠を示しておらず処分理由の合理的な説明がなされているとは解し難いものといわなければならない。したがつて本件審査決定に附記すべき理由としては更正の具体的根拠を明確にしてその正当性を明らかにするような理由の附記を要すると解すべきところ、本件審査決定の通知書には、その理由として「あなたの審査請求の趣旨経営の状況その他を勘案して審査しますと小石川税務署長の行つた再調査決定処分には誤りがないと認められますので審査の請求に理由がありません」と記載されていたにすぎないことは当事者間に争がないが、右記載も概括的で何ら具体的に処分の正当性を明らかにしているものとはいえないから、右記載は理由の附記としては不備なものといわなければならない。よつて本件審査決定は違法というべきである。

(三)結論

そうすると本件更正及び審査決定はいずれも違法であつて、その取消を求める原告の各請求はいずれも理由があるからこれを認容すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 地京武人 越山安久)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例